大阪高等裁判所 昭和63年(う)484号 判決
本件の犯情は誠に重大であり,犯行の動機,態様,結果の悪質重大性,被告人の反社会的性格とその矯正不可能性,被害者及び被害者の遺族らの被害感情と処罰意思の強烈さ並びに社会的影響の重大深刻さを説く所論は,以下に説示する点を除き,おおむねこれを首肯することができる。そして,所論は,これらの諸事情に基づいて,被告人に対しては極刑である死刑をもって臨むほかはないとして,原判決の量刑を論難するのである。
しかしながら,死刑は,人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る極刑であり,誠にやむを得ない場合における究極の刑罰であることにかんがみると,その運用は,慎重の上にも慎重でなければならず,被告人に対し死刑を科するのは,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合でなければならない。そこで,このような観点から,上記の諸事情を踏まえて原判決の量刑の当否を検討してみると,原判決は,本件殺人,同未遂の各犯行について,「それらはいずれも計画的なものではなく,いずれもろうばいの余り前後の見境いもなく,とっさに生じた殺意に基づくもので偶発的なもの」であると判断し,この点を最も大きな理由として検察官の科刑意見を排斥して被告人を無期懲役に処したものと考えられる。
関係証拠によれば,被告人は,昭和56年ころ一時暴力団に籍を置いていた際,組の者から刃物で腕を刺されたことがきっかけで,護身用としてナイフを持つようになり,その後ナイフ自体に興味を覚え,本件犯行のころは,常時5,6本の種々のナイフを集め,各犯行当日いずれもその中の1本をポケットに入れて外出し,そのナイフで犯行に及んでいること,また本件第3の犯行後,逮捕を恐れて大阪市内に潜んでいた間にも新たに高価なナイフを購入し,昭和62年1月5日逮捕された時にもズボンのポケットに入れて鋭利なナイフを携帯していたことが認められ,所論のいうように,このような被告人の習性が被告人の前記粗暴,残忍な性格と結びついて,ろうばいの中にもとっさに殺意を抱くという事態を招いたものと考えられる。とはいえ,本件各犯行時ナイフを携帯していたことから,被告人が人命に危害を加える,すなわち殺人の潜在的な意図を有していたとまで認めるのは明らかに不当であり,当時,被告人が何本ものナイフを収集し,外出時に常時ナイフを携帯していたとしても,その具体的な使用方法まで意識していたかどうかも甚だ疑問であって,本件はやはり現場におけるとっさの殺意に基づく偶発的犯行とみるのが自然である。したがって原判決のこの点の見方は正しいといわなければならない。
そして,立法例によれば,予謀に基づく殺人であるかどうかによって,謀殺と故殺という異なった犯罪類型を設け刑責を区別しているものであって,このような区別を設けていないわが国の現行刑法のもとにおいても,予謀に出た計画的な犯行であるか,単なる故意によるそれであるかは,殺人罪について犯人の罪責を判断するための基本的な基準の一つであるということができる。してみれば,原判決が本件殺人,殺人未遂の各犯行について,被告人の罪責を判断するにあたり,いずれの場合も,それが予謀に基づく計画的な犯行でなく,被告人が各被害者から追跡を受けろうばいしてとっさに犯意を抱いたことを酌むべき事情として,その点に量刑上の考慮を払っているのは相当であって,これを論難する所論はとうてい採ることができない。